nakoは生きものだ

消費者、ティーンエイジの残弾、日記

2021年上半期決算

変化

月ノ美兎ダ・ヴィンチ・恐山の影響で、Amazon Kindleを使うようになった

高校を卒業した

大学に進学した

東京(だいたい新宿)に通うようになった

東京の大学に通ううちに、生まれの格差を頻繁に実感するようになった

散歩をよくするようになった

以前にもまして色んな締切が守れなくなった

以前にもまして文章が読めなくなった

サイゼリヤに週1くらいのペースで行くようになった

スタバに心を落ち着かせて入店できるようになった

目標がなくなり、無気力になった

メンタルの上下が激しくなった(躁鬱気味?)

 

 

消費したもの

アイドルマスターシャイニーカラーズ

Fate Grand Order

ロード・エルメロイ二世の事件簿

チェンソーマン

オモコロチャンネル

オモコロ(記事)

東海オンエア(メインチャンネルすべて)

QuizKnock(YouTubeチャンネル)

シン・エヴァンゲリオン劇場版

少女☆歌劇レヴュースタァライト

ここは今から倫理です。

映画FGO6章後半

大豆田とわ子と三人の元夫

花束みたいな恋をした

劇場版ヴァイオレットエヴァーガーデン

スーパーカブ

ゆるキャン△2

少年ジャンプ+

少年のアビス

はてなブックマーク

 

 

音楽

the pillows

くるり

amazarashi

スタァライト九九組

シャニマスの楽曲

フラワーカンパニーズ

宇多田ヒカル

赤い公園

 

まとめ・感想

 おおよそは2020年の続きのような半年間だった。主にコロナ関係が原因だ。COVID-19と、その対策として打ち出される施策の数々は、去年からの自分のメンタルをずっと削っている。今年はさらに、オリンピックに関する議論が頻繁に目に入るようになった。やる・やらない、観客を入れる・入れない、観客上限は1万人・2万人かとか、もうどうでもいいことをずっとやっている。進め一億火の玉だ、アルマゲドンが起きない限り開催される、安心安全の大会、ザルな水際対策。自分が狂っているのか、世界側が狂っているのか、もうわからない。そんな理由で、今年(この半年)は、令和二年アフターでしかない。

 

 いちいちそういう報道を取り入れるようにしている自分が、自分の機嫌をうまくとれていないな、とも思う。毎日はてブを起動してオリンピック関連のニュースをブックマークするのは、もはや自傷行為だ。でも、夏が終わったとき、ちゃんと振り返りを、失敗の検証を、自分でしなくちゃいけない気がしていて、だから毎日憂鬱になりながらブックマークをしている。

 

 他の変化は、東京の大学に通うようになったことが大きい。うまくやれている部分なんてほとんどなくて、良い点を見つけ出すとするならば......きちんとサークルは入れたし(入っただけだけど)、人とは一定以上のコミュニケーションをとれているし、授業は各対面授業1回くらいは休んでいるけど、かつオンデマンド授業を12週分溜めているけど、なんとか春学期はこなせそうな気がしている。よかった部分に目を向けたい。

 

 私立の大学だから、というわけでもないだろうけど、自分とは色んなものがかけ離れた人がたくさんいるな、とずっと思っている。そもそも、東京に住んでいるというのが、どれだけのアドバンテージなのか、今年気づいた。触れるコンテンツの量、あるいは質が違いすぎる。東京に住んでいる/住めていることが、そうでない人との差を加速しているように思う。去年読んだ、鈴さんの「この割れ切った世界の片隅で」を、最近よく思い出す。

 

 

note.com

 

 大学生をやっていると、大学進学率が6割に届いていないことを忘れそうになる。きっとこれも階層の固定化でエコーチェンバーで分断のひとつなんだろうなあ、とか、雑なことを思う。

 

 こういう流れでサンデル教授の本を読みたいな、『これからの正義の話をしよう』と『実力も運のうち 能力主義は正義か?』を買いたい。いまkindleで見たらこれからの.....は700円で、最近出版された実力も運のうちは2,200円くらいする。うむ、今思い切って買ってしまおうか。

 

 とりあえず安かった『これからの正義の話をしよう』を購入した。2011年発売の本だけど、今からなら答え合わせみたいな観点で読めるだろうし、明日はこれを読もう。

 

 「本なんて高いんだから図書館で借りればいいじゃん」と自分も思っていたんだけど、やっぱり本を「借りる」と「買う」とでは、読むときのインセンティブというか、実際に読む段階に円滑に移行できるかどうかに大きな差が出る。これまで大学図書館で本を5冊くらい借りたけど、そのうちきちんと読めたのは1冊だけで、あとは読まないうちに返却期限がきてしまった。たぶん、本を借りるでは読むまでに行きつくエネルギーが足りなくて、そもそも期限を守って返すという行為が(自分にとって)ハードルが高いから、向いていない。だったらブックオフでもkindleセールでもいいから、お金を払って買った方が、自分に合っている、と思う。この言説は恐山さんと文章表現の先生に大きく影響を受けています。

 

 あとは、人を愛するときに、自分を愛する必要があるんだな、と気づいた。きっと本来は逆向きで、自分を十分に愛しているという土台があってはじめて、他者を愛することができるのだろうけど。その土台がないまま人を愛してみようとすると、自分を愛していないから、そこでロジックエラーが発生してしまうことに気が付いた。気が付いたというか実感した。その、「自分を愛する」という行為あるいは状態が欠けているから、人を愛そうとした瞬間、虚無な、欠けた自分と向き合わないといけなくなる。自分と相対することが避けられなくなる。けれど、「自分と向き合う」ことを十分に練習してこなかった人間がそこで感じるのは恐怖だけで、その恐怖に心が耐え切れなくなって、泣き出してしまう。苦しくなってしまう(頭の中でリツコさんが「ロジックじゃないもの」と指摘している。こういうとき、ロジックで詰めてしまうのは自分の悪癖だ)。

 

 加えてコンテンツ消費の話なのだけど、VTuber(特に月ノ美兎)を観ていない、というか、観られていない。なんとかソロ雑談回や重大発表回を少しだけ追っていて、全体でみるとリンダキューブあたりからみれていない。これはYouTube Premiumに再加入して、動画をダウンロードして、通学時間(片道約2時間)で積み減らしていくしかないのだろうか。一緒に人生を神ゲーにしたい。やりたいことリスト、もっと書き足していこう。

 

 ・課題

 下半期は(と言ってももう始まっているけど)、各時代の自分を殺すように生きるのは大前提として、もっと具体的な目標を達成できるようにしたい。書き出すと、

 

・必ず就寝前に風呂に入る(朝に入らない)

・オンデマンド授業は出された日の間に終わらせる

・1ヵ月強経ったら髪を切りに行く

 

 

 とか、当たり前のことばかりなんだけど、当たり前を当たり前にこなしてこなかった負の連鎖の果ての自分がいたから(いるから)、定量的に対策していきたい。行動経済学や習慣、失敗についての本を少しずつ読んでいるし。

 

 まずは睡眠から始めたいと思います。睡眠ガチャ、スタート!

 

もう一度

 自分はいつまでたっても空っぽで、空洞、虚無、何もない。消えたくなってしまう。私がやるべきことは。やりたいことは。

 

 大きな過ちに気づいた。大失敗だ。やるべきことをやるべき時にやれない癖をどうにかするべきだ。どうにかしなければならない。どうにかする。

 

 いろんなものを取りこぼして、落として、年齢だけは重ねて。振り返って見える忘れ物たちに決着をつけることもできずに、だらだらと生きている。清算をするべき。全部燃やしてしまえ。

 

 全部全部燃やしたい。

 

 自分にとって輝かしいものはなにか。落としてきたものは何か。何を失ったのか。何に対して欠落を感じているのか。突き詰めていけばある程度推定で原因がわかる。

 

 色んな......本当に色んな欠落がある。親から派生する問題。消費の態度。動かない脳みそ。生きている実感。暴力性。無力。愛に帰結するすべての事柄。

 

 やるか、やらないか、という二元論を人は語りたがるけど、もっと大事にすべきことは、To be, or not to beのほうなんじゃないのか、でも生きるとか死ぬとかどうでもいい、疲れてないのに疲れてしまった。

 

 恵まれているとか運がいいとか、もちろんそれはそうなんだけど、そういう言葉を使いたくない。家庭環境の比較とか意味がないんだ、そういうのはどうでもいいんだ、ずっと誰かに助けてほしい、救ってほしいと思っている。受動的な態度。

 

 こんな悩みもチープで陳腐でありふれていて無価値で無個性だ。もうチープで陳腐でありふれていて無価値で無個性でもいいんじゃないか。自分が安くなっていくのを感じる。安い。全部。態度も中身も。

 

 別に特別じゃなくていい、頑張らなくてもいい、もう頑張りたくもない。頑張るという言葉を使うのを避けるようになった。代替として、やるという言葉を使っている。なんだ、結局自分もやるかやらないか論者じゃないか。

 

 自分はもう死んでいるのと同じ、俺はもう死んでいる。必要なのはふっかつのじゅもんなのだ。復活の儀式が必要。迷宮に潜って試練を乗り越えるように、槍に刺されてからよみがえるように。腐った魂を燃やし尽くして、新しい魂を。

 

 健全かは置いておいて、少なくとも健康な肉体を授かっておいて、もはや自分で腐らせた魂についてぐちぐち言って、何もしていない。失敗作だ、自分は。 

 

 こうやって自分を貶めるのが癖になっている。一生この空虚が消えないのか。

 

 ああ、救われない。救われたいと思ってしまうのに、救われないと思うところが。究極的な救済を自分で実現するしかなくて。魂の寄る辺を。

 

 この文章もカスでゴミで、燃料にもならない。インターネットを探せば、こんなネガティブハッピーな文章はいくらでもある。だいたい文体は同じで、自分のダメなところをダメに書いたり、政治の不満を書いたりしている。書いてることもいつも変わらず、変化も成長もない。ブログの日付表記だけが過ぎゆく時間を表していて、ずっと子どものままの魂を、子どものままの文章で書きなぐる。クレヨンの落書き。ああ、これにはなりたくない、と思ったものばかりなってしまう。ああ、これにはなりたくない。

 

 オリジナルなものなんて人生にはなくて、あるとしたら魂だけがオリジナルで、その魂を、どうにか形にすることだけがオリジナルの行為で、この主張すらオリジナルではなくて、だから、自分は、

 

 ああ、心の感じを思い出した。2019年夏ごろの心、季節の感情を。RADWIMPSなんて聴き始めるんじゃなかった。愛にできることはもうないのに。音楽は季節の自分を保存してくれる。僕にできることはもうないよ。残念。ゲームセット。

 

 色んなイニシエーションを吹き飛ばして生きてきた自分に決着を。どうやって。

 

 また夏が廻ってきた。毎年暑くなっていく。夏は終わる。冬は春が巡ってくるのに、秋の季節性が薄いから、夏が終わりゆくものとして受け入れられている。あと夏休みもある。始まりも終わりもあるのが夏だ。今年の夏はどこ行こうか。

 

 県境をまたぐ移動を控えてください!自粛要請が出ています!不要不急の外出を控えましょう!打ち勝った証としてのオリンピックを!スポーツの力を!

 

 今年の夏はどこ行こうか。もちろん新国立競技場に行く。愚かさと安さの象徴を見に行こう。写真を撮ろう。いつか振り返って、たくさん馬鹿にして、権利の上に眠らずに動いていく原動力にしたい。穏やかな夜に身を任せるな。

 

 また政治の話をしている。自他境界。 

 

 

 2020年で自分は死んでしまった。やり直さないといけない。2020年を。令和二年をやり直さなければ。潰れたあの日々を上書きして。空洞の時間を。覚悟と決着を。まだ卒業式に立てていない自分を殺しにいこう。大学生の自分は、高校の自分を殺すように生きよう。高校だけと言わずに、全員全時代の自分を殺そう。幼稚園も、小学校も、中学も、自分を徹底的に殺してまわろう。

 

 もう一度.