nakoのラノベ・VTuberブログ

主にライトノベル・バーチャルYouTuber(VTuber)について書いていくブログ。その他、書きたいものを書きます。数十年後に古文書として発掘されるのを目指しています。Twitter:@nako_hatena

現代文の授業に疑問を抱いている。「答えのない問題」に答えたい

※日本語がおかしいところが多々あります

 

現代文の授業は音読から始まる。

 

声に出すのは脳にいい。問題はそこからだ。

 

「そこ」とか「これ」とかいった代名詞が表しているものはなにか。

 

先生がこう言う。まあ、わかる。

 

この人についての描写を書き抜きましょう!

 

これもまあ、わかる。

 

先生「この文は何を表していると思いますか?Sくん」

 

Sくん「◯◯だと思います」

 

先生違います」

 

??????

 

いや待てよ、なんで違うって言い切るんだよ???

 

そいつの解釈だぞ???

 

作者がここはこういう意味なんやで〜って大層に解説でも書いたのか?

 

つーかなんでそんなの教えんの???

 

なんで??Why???

 

ちなみに私はその問いに対しての「用意された答え」をきちんと頭に浮かべていた。正解だった。

 

そう、この先生、「用意された答えを欲していたのである!!

 

それこそ違うだろー!!

 

いや用意された答えを出すというのももちろん大事だ。パターン化された問いに考える必要がなくなるからだ。ちょっと記憶を蘇らせればいいだけだ。

 

それ勉強というか、主に試験の話ですよね。

 

ぶっちゃけ学校のペーパーテストなんてただの記憶力テスト。応用も頭が良いもない(けどこの人は数学73を取った)。

 

それは多分高校大学入試の話で、その後の世界に繋がるかって言ったらこれまた多分Noで。

(まだそこまで生きてない)

 

答えのない問題」に「自分の答え」を出せる人が求められると思う訳で。

 

Q.その力をこの授業で養うことが出来るか?

 

A.No.

 

これも多分答えが用意されてない問いかな〜とも思う次第。

 

まあ最終的に田野先生の話になるんですが

 

過去記事が長い!(ビリビリッ)(紙を割く音)( ゲンコラ)

 

 

結局この授業で何が養われるかって、「忖度力」なんじゃないかなぁ、と。

 

相手が望んでいる答えを言う。よくできました、ハイ終わり。

 

イエスマン教育とでも名付けましょうかこれ。

 

それは考えているうちに入んないと思うけどなぁ......

 

現代文の授業は正しい答えを求められて、正しい(何をもって正しいというのか、その手に持っている教科書に書いてある文字か?)答えを書いて、ハイ終わり。

 

自分の考えを挟む余地がない。

人間、考えていないとつまらなく感じることはもう分かりきっている(ソースは私)。

 

なので私は自分の考えをノートとかプリントの端っこに書いている。それを真正面から否定されるように「正しい答え」を書かれると凹みますけどね、、、

 

全員に感想文書かせて少人数で話し合うのが良いと思うが、まあ無理があるのはわかりきっていて、どうしようもなさを感じる。

 

こうして自分らしさが失われているんやなぁ......

 

そして私は切れ端にfuckと綴った後、シャーペンで潰していくのさ。

 

おしまい。

 

2018/06/01