nakoは生きものだ

消費者、ティーンエイジの残弾、日記

後悔しないように、なんて

出来るはずないのに。

 

寝よう寝ようと思って、窓際でSpotifyのプレイリスト「Sleep」を流しながら寝転んで、ただ深い呼吸をしていた。

 

オートで動き回る自分の考えを制御下に置くことはいまだできず、呼吸だけに集中しようとしても、思考は脇へ脇へと逸れていく。止められない。

 

いつしかそいつは高校時代の記憶にアクセスした。高校2年生、夏の大会、その結果発表。個人入賞の発表を待つ時間。個人成績1位〜10位の名前が呼ばれる、その瞬間。なんで今になってそれを掘り返すんだ。

 

自分の高校の順位はいくつだったか、ふと疑問に思って、意識的に考えても思い出せない。思い出せないストレスで起き上がる。何位だったか。

 

スマホを起動して、確かめた。はあ、そういえばランキング外だ。

 

あの、競技に挑んでいる瞬間のことを思い返す。自分の名前や学校名が呼ばれるのを待つ瞬間のことを思い出す。綺麗だ。輝いている。キラキラしている。どうしようもなく、瞬間の輝きがある。青春の瞬きがある。

 

争う、競う楽しさって、確かにあった。でもそれは、現在から事後的に思っているだけであって、過去のその瞬間にはそんなこと考えていなかった。

 

どうしようもない話なのだ。高校最終学年で感染症が流行るなんて、予想できる話でもないし、予想できたとて、自分には何もできない。しょうがないじゃないか。どうしようもないじゃないか。大会が開かれることはないなんて、別に、当たり前で、ニューノーマルな話なんだよ。運命みたいなものだと思え。

 

しょうがないのだ。高2で、「来年こそは」とか、「来年のための準備みたいなもんです」とか顧問に言っても、その来年に大会が開かれることはなく。高2のあの瞬間に最大限のことをすれば良かったと悔いても、遅すぎる。どうしようもない。しょうがない。しょうもない。

 

「後悔しないように」と人は言う。それを聞くたびに思うのだ。「出来るわけないだろ」、と。未来から振り返れば、過去の自分の視野がどうしようもなく狭いことに気づく。後悔という言葉は、こっちにしておけば、とか、未来から振り返ることができることが前提だ。どうしたって、人生は後悔するようになっている。そういう設計をされている。

 

瞬間を必死に生きたって、振り返ってみれば別の道が見えてきて、努力が足りなかったとか、こうすればよかったとか思ってしまう。後悔しないように、なんて、(そんなことできないけれど)という前置きがあったほうが、きっと誠実だ。

 

どうすれば良かったのだろう。いや、どうしようもないと散々結論を出したはずだ。なのにまた、なのにまだ、何かあったはずだ、何かできたはずだと思うのを止められない。そんなことないはずなのに、「それがあれば自分は善い人生を歩めたはずだ」「きちんと高校を<卒業>できたはずだ」「青春の呪いから解放されるはずだ」と思うのをやめられない。そんなこと、絶対に、あるはずないのに。

 

別に、これだって陳腐な話なのだ。「大会が/舞台が/できるはずのことができなかったんです」なんて、みんな思っていることだ。そこに、「こっちの方がかわいそうだ」とか「こっちのほうが失った価値が大きい」とか、そういう比較の話を持ち出すべきではなく、人には人の地獄があるだけ。比較するべき話ではない。

 

ただそれでも、自分はまだ囚われている。なんでこんなことになってしまったんだろう。

 

もっとちゃんとしておけばよかった。もっとしっかりしておけばよかった。やれることを、やれるだけすべきだったのだ。止められない。後悔しないように人生はできていない。少なくとも自分の人生は。

 

どうしてだろう、あの自分の名を呼ばれるまでの時間と、自分の名が呼ばれた瞬間の、心の動き方......安息でも充足でも安堵でも、安心でも退廃でも諦めでもなく、何か、「救われたような」感覚が抜けきらない。まだ自分の魂にこびりついている。そんなものをくっつけていても、苦しくなるだけなのに。

 

こうやって「可哀想ぶる」「被害者ぶる」ことだってやめた方がいい。そんなもの忘れてしまえ。過去なんて燃やしてしまえ。そんなガラクタ、燃やし尽くしてしまえばいい。あと5年だとしても、そんなことは忘れて、被害者意識より加害者意識を、過去より未来を、すべてを食い散らかして生きていった方がいい。そんなくだらないものに、くだらない感傷に付き合っている暇はない。何か、自分の翼のようなものがそれで折られたような気がしていても、忘れてしまえばいい。

 

でも、でも、でも、まだ、「でも」って言いたい。「高校最後の大会無くなっちゃったんすよ」「でも、」って言いたい。その次の一文を言わせてくれ。どうしたらいいんだろう。僕にできることはまだあるの?

 

今こそ塔を降りるとき. なのに、まだ降りきれない。振り払えない呪いがまだ追いかけてきている。ちゃんと卒業するのに失敗した。

 

今日も青春の代償行為に勤しむ

 

青春病 - song by Fujii Kaze | Spotify